いつにもましてまとまりのない記事

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【本記事は旧ブログからの移行記事です】

昔から思っていることがあるんです。
金本位制が廃止された世の中で通貨の価値を保証するものは政府です。
つまり日本円なら日本国政府が、アメリカドルならアメリカ政府が、
「このお札には価値があるぞー!」
と宣言するのでみんながそれに価値を見出しているのです。

僕にはなんだかしっくり来ません。

では、金本位制が廃止される前に通貨の価値の裏付けとなっていたものは何か。
それはその名の通り、金です。
つまり、金の価値があるからこそ、通貨の価値も保証されていたんですね。
お金をもっていくと金と交換してくれるような制度があったからこそ、みんな金の代わりとして通貨を使用していたわけです。

じゃあ、この金の価値ってなんだったのか。
それは、「金って綺麗だからたくさん欲しいけど珍しいから価値があるな」
っていう人類にある程度共通した金に対する感情でした。

金は有史以前から貴金属として知られていました。その希少さ故に歴史のかなり早い段階で富や繁栄の象徴となり、また争いの材料となりました。
その後も歴史を通して金の価値は高く評価され、装飾目的や交易目的などで人類は金を活用して来ました。
日本が黄金の国ジパングとして知られるようになったのも、インカやアステカが滅ぼされたのも、アメリカのゴールドラッシュも全て人類の金に対する価値観や欲望のもたらしたものでした。
さらに、金に対する人類の欲望は錬金術という学問を通して化学の発展にも寄与しています。

金本位制は20世紀後半には廃れてしまいましたが、金自体は古代エジプトよりもはるかに科学や技術の進歩した現代でも人を惹きつけ、投資の対象として生き残っています。

自分たちが今金に対して持つ価値観が何千年も脈々と受け継がれて来たものだと考えると、少しロマンチックですね。



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